財界人よ、靖国に行って頭を冷やせ
 「政冷経熱」 で問題なし
   中国市場で目先の利益に目が眩み、
    小泉首相に靖国参拝中止を要求するとは言語道断だ


山本 卓真 富士通名誉会長



経済人の媚中発言に唖然呆然激怒

 最近、日中関係は 「 政冷経熟 」 ( 政治関係は冷たい関係だが、経済関係は熱く順調 )だとよく言われています。 これは、4年前( 平成13年 )の小泉首相の靖国神社参拝以来、日中間の首脳の相互往来が途絶え、平成16年11月、チリのAPECでの会議で胡錦涛国家主席と会談するまで首脳会談もなかったことを指している。 そしてその原因は 「 小泉首相が靖国神社に参拝することによって、中国政府・人民の感情を害していることにあるから、参拝を止めさえすれば、 『 政熱経熱 』 になるのだ 」 という趣旨の意見を表明する向きが強いようです。 しかし、これは本末転倒もいいところで、倒錯した庇理屈というしかありません。 そういうことを、昔から中国の言い分のみに盲従する一部の 「 反日マスコミ 」 や進歩的文化人の類が主張するのならまだしも、何と財界、経済界のお偉方たちまでが、公言しています。

 例えば、平成16年9月には、奥田碩日本経団連会長が訪中し温家宝首相と会談した際、向こうが 「 中国と日本は政治面でも成熟した段階に入らなければならない 」 「 政治面で幾つかの問題があるが、中国がつくったものではない 」 と暗に小泉首相の靖国参拝を批判したのに対して 「 経済界として友好関係に力を尽くしたい 」 と応じています。 これは具体的に靖国参拝を止めた方がベターだと言っているわけではないので、まぁいいでしょう。

 しかし、同じ9月には富士ゼロックス会長でもある小林陽太郎氏( 新日中友好21世紀委員会座長 )が 「 首相の立場で参拝することが中国国民の感情を逆撫でし、首脳会談の妨げとなっている 」 と発言しています。

 他にも、11月に、経済同友会の北城格太郎代表幹事は、先の日中首脳会談で胡錦涛氏から小泉首相の靖国参拝に批判が出たことについて 「 ( 靖国問題は )日本の国内問題であると同時に、中国には、日本の首相がA級戦犯を合祀している靖国神社に参拝することを快く思っていないという国民感情がある。 最近のインターネットの普及もあって、中国政府が一方的に国民の意識を制御できる状況でもない。 小泉総理が靖国神社に参拝することで、日本に対する否定的な見方、ひいては日系企業の活動にも悪い影響が出るということが懸念される。 経済界の意見の大勢だと思うが、総理には今のような形での靖国神社に参拝することは控えて頂いた方がいいと思う 」 とかなり中国寄りに踏み込んだ見解を表明しています。

 また、月刊 「 文芸春秋 」 ( 12月号 )でも、元伊藤忠中国総代表であった藤野文晤氏は 「 中曾根さんがやったように、小泉首相もその気になれば、参拝を止めることができるじゃないですか。 原点に戻れば、先の戦争で日本は加害者で、中国は被害者だった。 それが日中平和友好条約で全部チャラになった、というのは、中国の国民感情が許さない、と言っているわけですね。 村山首相は謝罪談話を出したが、それも本気なのか、と疑っている。 日本の政治家がいろいろと不規則発音をするのもいけない 」 「 韓国も、他のアジア諸国も嫌がっているのに、小泉総理は強引に靖国参拝して、寝た子を起すようなことをやっている。 だから、小泉首相が参拝をやめればいいんです。 靖国で譲歩したら、中国は次に何を出してくるかわからない、というような、相手を信頼しない外交なら、もうやめた方がいい 」 と語って います。

 さらに、同年11月18日付け産経に掲載された渡部昇一氏のエッセイ( 「 財界も骨絡みにする東京裁判史観 」 )によると、50代のマスコミにもよく登場する若手経営者と対談していたところ、彼が 「 東条たち、あのころのリーダーたちは全く愚劣で話にならない。 それを靖国神社に祀って中国や韓国と外交問題を起しているのはバカげている。 分祀だろうが何だろうが、靖国神社とA級戦犯は切り離すべきだ。 こんなことで中国に非難されているのを見れば、白人たちに優越感を与えるだけだ 」 と語り、渡部氏も愕然としたといいます。

 私も、もう黙ってはいられない。 こんな見解が 「 経済界の意見の大勢 」 ( 北城氏 )だと勝手に決めつけられては困ります。 財界人や経済人も靖国神社や政治に口を出すなら、もうすこし歴史を勉強してからにしてほしい。 藤野氏は、 「 日本人が中国と本気で付き合おうと思ったら、むしろ中華世界の一員になる覚悟が必要です。 たとえば日本人は会社人間だけど、中国人はみんな個人。 その中国人を使っていこうと思ったら、こちらが中国人にならなきゃ 」 とまで言い切っています。

 お言葉ですが、チベットやウイグルや内蒙古等々、 「 中華世界 」 の中に中国軍の武力によって強制的に組み敷かれた人々がどんな悲惨な目に遭遇したかを、藤野氏はご存じないのか。 伝統文化を破壊きれ、漢民族が強制的に移住してきて、彼らが政治経済文化あらゆるものを支配していく。 映画 「 セブンイヤーズインチベット 」 などではそういった中国の非道ぶりが描かれてもいましたが、今、中国はその支配の翼を台湾にまで拡げようとしています。 もし台湾が 「 中華世界 」 に取り込まれたら、その次に狙われるのは尖閥か沖縄か日本本土か? 日本が、そんな 「 中華世界 」 の一員になるなんて御免蒙るというしかありません。

 中国といえども、さすがに21世紀になって、かつてチベットを侵略し併合したように軍事力を使って他国の領土をすぐさま蹂躙したり自己のコントロール下に置いたりするわけにもいかない。 だから、日本に対しては 「 歴史カード 」 を繰り返し使うことによって、北京の意向に屈伏する日本人を増やそうとしているのです。 とりわけターゲットにされているのが、我々経済人なのです。 そのことを肝に銘じて、経済人は行動すべきです。 そうしないと、易々と中国の覇権主義に組み込まれてしまう。 歴史的に見ても、かつての朝貢外交ではないですが、中国周辺国家は常に中国によって骨抜きにされる恐れがあるのです。 大国インドといえども、かつて中印戦争では完敗したこともあった。 ベトナムも“懲罰″のための戦争を仕掛けられたこともあった( 幸い、その戦争では中国が完敗しましたが )。 韓国だって、朝鮮戦争は金日成とスターリン、毛沢東が結託しての戦争であったし、今日38度線が健在なのも、中国が朝鮮戦争に 「 参戦 」 したからこそです。 このように、中国こそアジアに於ける最大の 「 戦争勢力 」 であり、こういう国と密接不可分な関係を持つことには十分注意する必要がある。

 にもかかわらず、今は 「 東アジア共同体 」 にうつつを抜かす経済人が跋扈しています。 これだって、アジアの将来の姿をよくよく考えて考慮していくべきです。 アメリカとの関係、アジア国家群の思惑もあるし、中国自体が、一党独裁国家であり、その経済運営にしても国家による恣意的なものが強い以上、すべての国が民主主義で運営されるEU( 欧州連合 )とは全く異なる状況がアジアに存在している現実を注視すべきです。 バスに乗り遅れるな式のムードに流されてはいけません。 経済界の中には、 「 東アジア共同体 」 構想を実現するためにも、日本と中国の関係を修復しなくてはならない、そのためには小泉首相の靖国参拝を中止すべきだ …… と考える向きもあるでしょうが、とんでもない話です。 「 正義 」 より 「 利益 」 を優先するとは、短慮の極みというしかない。

 せめて、勉強不足ならば、 「 政経分離 」 の原則を守って、 「 沈黙は金 」 として、中国の言い分を黙殺する方がはるかにまともです。 こういった財界関係者、経済人の靖国参拝に対する妄言の過ちに関しては、おいおい論破していくとして、何故、日本社会のトップリーダーである人達が、自虐史観に陥り、媚中的な言辞を露呈するのかを、まず経済人の一人として自省し考察してみたいと思います。

日本経団連にしても ……

 私もメンバーの一員である日本経団連が、つい最近 「 2005年優先政策事項 」 を発表しましたが、その中身を見ると、2003年9月に発表した優先政策事項10項目を精査・修正して以下の9項目に先ず統合整理しています。 順番に紹介してみます。
( 一 )経済活力 国際競争力強化に向けた税・財政改革
( ニ )将来不安を払拭するための社会保障制度の一体的改革
( 三 )民間活力の発揮を促す規制改革・民間開放の実現と経済法制の整備
( 四 )科学技術創造立国の実現に向けた政策の推進
( 五 )持続可能な経済社会の実現に向けた真に実効あるエネルギー・環境政策の推進
( 六 )心豊かで個性ある人材を育成する教育改革の推進
( 七 )個人の多様な力を活かす雇用・就労の促進
( 八 )地方の自立と地域や都市に活力とゆとり、安全と安心を生み出すための環境整備
( 九 )グローバル競争の教化に即応した通商・投資・経済協力政策の推進
 経済的諸活動の改善を求めての、こういった項目は結構なことだとは言えますが、肝心なことを忘れてはいないか。 つまり、国民の生命、財産の安全を守るためには、国家の独立と安定があってこその話です。

企業活動も同様であり、9項目の中にある税・財政問題や規制改革等々も、グローバルな時代にあっては、当然のことながら、日本という国が他の諸国家との交渉を通じて実現していくものです。

 日本経団連もそのことに気づいたのか、発表する寸前になって、急遽新たな1項日として、 「 ( 十 )内外の情勢変化に対応した戦略的な安全保障・外交政策の推進 」 ―― を追加して全10項目としたのですが、国家の独立・安全保障の確立があってこそ、企業は自由な貿易活動を展開できるというのに、これではまるで慌てて最後の項目として取って付けたかのような印象を受けずにはいられません。 本来なら、この項目こそトップに掲げられるべき 「 最優先政策事項 」 でしょう。 経済人が経済の目先の利益ばかり追い求め、国家の威信・尊厳を二の次三の次に考えてはいけないのです。

 こういった点においても、日本の経済人の国憲、歴史認識に薄弱なところがあるといえるのではないでしょうか。
 何故、そうなるのか。 私は現在、79歳ですが、見聞するところ、どうも65歳以下の経済人は、子供時代に占領軍が押しっけた 「 戦後民主主義 」 教育にどっぷり浸かってしまったせいか、国家観や安全保障問題について深く考えることを忌み嫌う傾向が強いように思えます。 いわゆる 「 東京裁判 」 史観に呪縛されているともいえましょう。 その点、むしろ、今の若い世代の方が、そうした 「 東京裁判 」 史観の後遺症もなく、素直に日本の歴史を見る傾向が出てきているように感じます。

アメリカ外交官の卓見から学べ

 それはともかくとして、経済人も戦前の日本と中国がどういう関係であったかについて最低限度の知識を待った上で、靖国神社問題や戦争問題について発言してほしいものです。 例えば、これも産経新聞紙上( 平成16年11月4日付 )で、小堀桂一朗氏が指摘されていることですが、戦前、アメリカの外交官であったラルフ・一夕ウンゼントの 『 暗黒大陸・中国の真実 』 ( 芙蓉書房 )やジョン・マタマリー( アーサ-・ウオルドロン編著 )の 『 平和はいかに失われたか ―― 大戦前の米中日関係もう一つの選択肢 』 原書房 )をひもといてほしい。 彼らは第三者の立場から、公平な観察をしており、中国人は相手が少しでも下手に出ると忽ち付け上がって傲慢になるし、相手が譲歩の姿勢を示せば、それは弱みがあるせいだと冷笑するだけであるとの指摘も共にしている。 後でも指摘しますが、靖国参拝に対する中国の対日姿勢を考える上で、この視点は貴重です。

 ワシントン体制の崩壊にしても、満州事変の勃発が唯一の原因というわけではなく、中国勤務の体験もありワシント会議にも参加し、1920年代前半のアメリカでは中国問題の最高権威の一人だと目されていたマクマリーは、ワシントン会議における諸条約を無視した中国の政策と、それに迎合したアメリカの政策が、1920年代の後半にワシントン体制の精神を掘り崩してしまい、それが日本の武力行使を招くことになってしまったと指摘しでいます。 要は、日本の行為のみが全て悪で、中国や米国が善であるというほど、歴史は単純ではないということです。 支那事変のきっかけとなった廬溝橋事件にしても、先に発砲したのは日本軍ではなく中共軍であるとの説が近年決定的になっています。 確かに、満洲事変以降、中国の内部に奥深く日本は入り込んでしまいましたが、一方的な 「 侵略戦争 」 だと決めつけるのは考えものでしょう。 歴史はそれほど単純なものではなく、複雑な様相を持っていることを我々日本人は認識しておくことが肝要です。

 また、上海副領事等を務めたタウンゼントは中国人の行動尺度には義もなければ理もない、中国人を動かしているのはただ 「 利 」 だけであると指摘していますが、日本の政財官界の面々こそが、最近は 「 利 」 のみに目を奪われ、国益への観点や自らの矜持を喪失しているのではないかと危惧せずにはいられないのです。 日本人の 「 中国人 」 化、まさに恐るべしです( 笑 )。

 国家と国家の関係は、いつの世でも、国益と国家の威信をかけた戦いです。 もちろん、かつてのように、意見が衝突するやいなやすぐ軍事力行使とか戦争勃発というような時代ではないし、友好関係を築いていくことは大事なことですが、少なくとも中国は、21世紀の今日でも、良きにつけ悪しきにつけ、戦略的にかつ権謀術数を駆使して、力と知恵の限り、国益を追求している。 そのためには軍事力を脅しに使うことだってやる国です。 台湾の総統選拳の時にミサイルをぶっ放したこともあったし、先の中国原潜の日本領海侵犯事件だって、あんなのが技術的な事故が原因であるはずがない。 日本のEEZ( 排他的経済水域 )への一方的な侵出も、日本が見て見ぬフリをしていたものだから、すっかり足元を見られてやられ放題です。

 靖国参拝をめぐる、執拗なまでの中国側の反発にしても、ある国際政治ウォッチャーによれば、要は 「 小泉首相孤立化による日本屈伏 」 を狙ってのことだという。 「 将( 小泉 )を射んと欲せば先ず馬を射よ 」 ということで、 「 馬 」 に相当する経済界をターゲットにして、 「 靖国参拝反対 」 の合唱をさせようとするのです。 伝聞でしかありませんが、ある日本のシンクタンク研究者が北京を訪問し唐家セン元外相らと会談してまとめた帰国報告書によれば 「 中国政府はかなりの圧力を中国に進出している日系企業に掛けている 」 とのことです。 幸い、わが富士通は 「 政経分離 」 で、ビジネスライクに中国と付き合っているので、そんな圧力はありません( 笑 )。 私も、訪中して、中国政府の関係者と何度か会ったこともあります。 唐家セン氏らとも会いましたが、靖国参拝問題などを話題にされたこともない。 まぁ、向こうも人によって話題を選んでいるだけの話かもしれませんがね( 笑 )。

 しかし、経済人も中国に対して、日本の言い分を堂々と伝えることが大事です。 中国のシンクタンクの関係者に対しても、 「 歴史というのは、それぞれの民族にとって視点観点が異なれば違った解釈が成り立つのだから、それを自分たちと同じものにしないといけないと考えるのは傲慢であり国際性のない議論でしかない 」 と指摘したこともあった。 日本の経済人も、中国側の一方的な脅しに屈しない見識を持つ必要があります。

政治家の媚中発言も問題だ

 早稲田大学の劉傑教授は、中国政府・政権の正統性はやはり統一にありと主張しています。 もちろん、 「 民族自決 」 による 「 統一国家 」 形成には誰も反対はしませんが、満州にしても、かつては満族の支配する地域であり、いわゆる漢族のものではなかった。 それがいつの間にか 「 中国 」 領となり、先述したように、チベット、ウイグル、内蒙古までもが統一されて中国のモノになっていった。 これはちょっとおかしい。 日本が韓国や台湾や満洲を日本領にして支配しているようなもので、民族的にも同一民族ではないのに、21世紀になっても、あえて統一国家として生きていこうとする姿勢には本当は無理があるはずです。 そういった、いささか傲慢というのか、領土、資源に極めて食欲な中国という国と日本はどう付き合っていくべきなのかを真剣に考えておくべきでしょう。

 先ず、歴史が教えるのは、中国との交渉のみならず、重大な国益を左右する交渉事で、譲歩に譲歩を重ねるような宥和政策を取るのは愚だということです。 ヒトラーに対して、英国チェンバレンが取った宥和政策が結局はナチスドイツの膨張を招きユダヤ虐殺などの大悲劇を生んだ。 北朝鮮の拉致問題に関しても、 「 対話 」 と 「 圧力 」 と言いつつも、日本ほ実際は 「 対話 」 のみの宥和政策で臨み、制裁どころかコメやら何やら何十万トンもの援助を与えているじゃないですか。 だから金正日に舐められてしまって、ニセモノのめぐみさんの骨を寄越されてしまうんです。 あの金正日の息子である金正男が不法入国して成田で捕まった時、何故、徹底的に取り調べをしなかったのか。 それこそ 「 人質 」 にして、拉致被害者との交換にも使えたでしょう。 田中外相が即刻帰国させろと主張したとのことですが、情けない話です。 北朝鮮は取り訴べに関して拷問に近いこともやっているようですが、日本の警察・公安当局も金正男を徹底的に絞り上げればよかった。 こう考えると、経済人も問題だが、政治家も問題です。

 河野洋平衆議院議長は平成16年10月22日、小泉首相との会談で、両国首脳の相互訪問の必要を強調し、靖国参拝について中国の反発を考慮して対応をとるように求めたという。 また、加藤紘一氏は10月21日北京で開かれた中国国際戦略学会で講演し、小泉首相の靖国参拝について 「 サンフテンシスコ平和条約で明らかなように、14人のA級戦犯がすべての戦争責任を負うと私は考えている。 1978年に靖国神社が14人を合祀して以降は、首相が正式に参拝することは外交上正しくない 」 「 首相は日本人の民族感情の問題と考えているが、中国人から見ると、歴史認識と戦争費任の問題 」 「 ( サンフランシスコ平和 )条約を尊重するかどうかの観点から考えるべきものだ 」 と語ったそうですが、これまた、一知半解の理屈でしかない。 現に、中国・韓国以外の国々は、アメリカをはじめ、首相の靖国参拝に口を出していない。

 その点、安倍晋三自民党幹事長代理は11月23日、胡錦濡氏が小泉首相に靖国参拝の中止を求めたことに関して 「 国のために殉じた方々に尊敬の念を供するため、靖国にお参りするのは一国のリーダーとして当然だ。 外国から行くなと言われる筋合いはない。 今後とも参拝していただきたい 」 「 ( 日中首脳の相互訪問が途耗えていたことに関しても )日本が中国の意に沿わない行動を取っているから訪問しないというのはおかしい。 成熟した国の取るべき態度ではない。 会わないことで、相手国を屈伏させるのは、まさに覇権主義だ 」 と批判していますが、これしは正論です。

 意外なことに、あの宮沢喜一元首相は、9月24日付け産経で 「 首相の靖国神社参拝をどう思うか 」 という質問に対して 「 小泉さんが靖国神社に参拝されることはいいことだ。 あれこれいうのは中国にはやめてもらいたい。 公式参拝でかまわない。 中国からいわれたからといって、やめるわけにはいかない。 代わりのもの( 国立追悼施設 )をつくる必要もない。 これは日本の問題だから、日本人がそう考えればそうしたらいい 」 と述べています。 これも正論であって、私は賛成です。

日本も 「歴史カード」 を使え!

 しかし、こういった小泉首相の靖国参拝を支持する声は、政財界の間では決して多数派とはいえない。 まさしく 「 四面楚歌 」 の環境で、小泉首相は年一回の靖国参拝を実行しているのですが、首相も平成13年の最初の参拝の時に、8月15日に必ず参拝すると言っていたのに、13日にずらしてしまった。 痛恨の極みというしかありません。 これとて、一種の宥和政策であり、中国に侮られるきっかけを作ってしまった。

 歴代首相にしても、昭和61年に、中曽根首相が胡輝邦支援のためと今になって言いつつも、靖国参拝を中止してしまった。 こういう風見鶏的姿勢が中国を付け上がらせる結果になっていることを、日本の政治家も十分認識するべきです。

 爾来、尖閣列島に不法上陸した中国人活動家も、金正男の時同様に大した調べもせずに即刻帰国させるし、奄美大島沖で沈没した北朝鮮の工作船引き揚げに関して、中国国内のEEZ内だからといって、“漁業補償”名目で1億5千万円も払ったりする始末でしょう。 そのくせ、アジア杯の決勝戦における日本公使の公用車に対する破壊や中国原潜侵犯事件に関して、あの程度の抗議で、事実上鉾を収めるとは何事ですか。

 こんな腑抜けた対応をするから、加地伸行氏( 大阪大学名誉教授 )が指摘するように、中国は 「 歴史カード 」 「 靖国カード 」 を、“打ち出の小槌”として、何度でも振ってくるのです。 小泉首相と胡錦濡氏との会談の内容を見ると、彼は、 「 中日関係を発展させる上で、歴史問題を避けることはできない。 歴史に正しく対応して初めて歴史の重荷を前進の原動力に転換することができる。 現在、両国の政治関係が困難に直面している問題点は、日本の指導者による靖国神社参拝の間題である。 われわれは日本側がこの間題を善処することを望む。 この間題を長引かせることは、中国人民を含む被害国人民の感情をさらに傷つけ、また両国関係の改善と発展にも寄与しない。 『 前事不忘、後事之師( 過去を忘れず、後世の教訓とする ) 』 ことが大切だ。 指導者として、歴史と人民に責任を負う態度を持ち、中日の次世代につながる友好とアジアの平和と発展の大局に立ち、関連間鹿を善処し、両国関係を損なう事態を防がなければならない。 中国人民はこれまでも、あの不幸な戦争において、心ならずも戦場に赴いて命を失った日本兵を含む日本国民もまた戦争の被害者であると思っている。 しかし、この戦争を起こした戦争犯罪人に対して、中国人民は深い憎しみを抱いている。 日本の指導者が靖国神社参拝問題を考える時、どうか被害国人民の気持ちを考えてほしい。 どうか中日友好の大局を考えてほしい 」 と述べていますが、中国共産党は、チベット、ウイグルに住む人々に対してどんな仕打ちを現在までやり続けてきているのか、少しは自省してみるべきでしょう。 自国民に対しても、 「 大躍進 」 や文革で多くの苦しみを与え何千万もの死者・餓死者が出ているというではありませんか。 小泉首相もそういった 「 歴史 」 的事実を胡錦涛氏にぶつけて反間すればいいのです。 「 目には目を、歯には歯を 」 ですから、 「 歴史 」 には 「 歴史 」 を持ち出せばいい。 向こうの 「 歴史カード 」 は半世紀以上前の過去の 「 遺物 」 ですが、こちらは現在進行形の 「 歴史カード 」 です。 互角以上の戦いは可能なはずです。

 この会談の後、小泉首相は中国に対するODAも 「 もう卒業の時期に来ているのではないか 」 と述べたのですが、このことに反発した中国側は、ラオスにおけるASEANの首脳会談の席上、温家宝首相が 「 日中戦争で中国人が何人死んだか知っていますか。 死傷者は数千万人に上っている。 靖国神社にはその数千万人を惨殺したA級戦犯が祀られている。 われわれは戦争の賠償を一銭も求めていない。 ( 円借款の中止は )中日友好の大局から慎重に対応すべきだ 」 と主張したと報道されています。 しかし、そう言われれば、小泉首相も負けずに、 「 あなた方は南京事件にしたって、針小棒大に30万の無事の市民を虐殺したというし、東京裁判の時には死者は180万と言っていたのに、今や江沢民氏は3千5百万と言いだす始末。 白髪三千丈はやめてほしい。 損害賠償云々というが、あんたは日本がODAやら円借款を延べ何兆円しているか知っているか。 6兆円だぞ! 」 と反論すればよかったのです。 それぐらいのことを言い合ってこそ、首脳会談じゃないですか。 交渉事において、トップリーダーたる者が、向こうに言わせ放題で聞き役に回っていては駄目です。

 ただ、日本と中国は 「 漢字 」 という共通文字があるために、意志疎通で思いがけない誤解が生じることがあります。 日本語の 「 汽車 」 という言葉が中国語では 「 自動車 」 の意味になる。 同様に、小泉首相が述べた 「 卒業 」 という言葉は、中国にとって、 「 教師が生徒を採点する印象を与え、中国が日本に見下されているように感じる 」 ということがあったらしい。 それは誤解を与えないように注意すべきでしょう。 日本語で 「 卒業 」 といえば、営々と勉強して一人前となり大学に合格して高校を 「 卒業 」 といった称賛の意味合いの方がむしろ強い。 つまり、小泉首相としては、中国が日本のODAに依存するような小国ではなく一人前の大人の国として生きていく時期になったというニュアンスで、そう喋っただけなのでしょう。 その点は相互間で誤解のないようにしておく必要はあるでしょう。 他にも、日本語で 「 検討( する ) 」 というと、 「 よく調べます 」 という意味合いですが、中国語で 「 検討 」 というと、 「 罪を反省する 」 とのニュアンスが込められているという。

靖国に参拝した自衛官たち

 ところで私事ではありますが、兄山本卓美( 陸士56期 )は昭和19年12月9日に勤皇隊の一員としてフィリッピンのオルモック湾に特攻突入し戦死しました。 出征前に 「 神道で祀ってほしい 」 という遺言を残していましたが、それまで浄土真宗だったのを一家全員で神道に改宗しました。 兄以外の戦没者の多くの遺言も同じように靖国に祀られることを願っていた。 そういった英葦を靖国神社でお祀りすることは、当然の話でしょう。

 靖国神社の代替施設を作ることをもくろみとした福田前官房長官の私的懇談会 「 追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会 」 ( 追悼懇 )の座長を、今井敬・日本経団連名誉会長がしている時に私は 「 抗議 」 に出掛けたことがある。 何しろ、懇談会でのやりとりを見ていると、南京事件の犠牲者も新施設では追悼されることもありうるとか、北朝鮮の工作船に乗っていた工作員も対象になりうるなんていう馬鹿馬鹿しい議論を展開していたではないですか。 中には秀吉の 「 朝鮮侵略 」 にまで遡るべきだという議論さえありました。 そもそも、130年の伝統により守られてきた靖国神社の代替施設など、日本文化の破壊であり論外の沙汰であります。 先の戦争( 大東亜戦争 )で亡くなった私の兄にしても、戦死した英霊たちは皆異口同音に 「 靖国神社で会おう 」 と言って旅立ったんです。 これぐらい厳粛な公約はない。 命を懸けた公約ですよ。 それを軽々に扱って、代替施設を作ろうだなんて本当に許せない暴挙というしかありません。

 中国がことさら靖国参拝反対を何故言うのか。 それは、何処の国でも国家のために命を懸けて戦った兵士に対する追悼は厳粛に行われます。 それを行わない国家があれば、誰が国のために命を捧げようとするでしょうか。 靖国神社は日本人の精神的バックボーンなのです。

 しかし、新聞記者から聞きましたが、サマワに派遣されたある婦人自衛官は、 「 やはり自分を一番守っていただけそうな神社にお参りしたい 」 ということで、靖国神社に参拝したという。 派遣団のトップクラスの自衛官も市ヶ谷の防衛庁の傍にある神社に参拝したとも聞いています。 また、サマワで万一の事があれば、靖国神社に合祀してほしいと言い残し 「 遺書 」 にしたためて出発した自衛官も多数いるとのことです。

 この事実から分かることは、何といっても靖国神社は日本文化の中に定着し、国家防衛の精神の拠り所となる所であり、日本人の精神的支柱の象徴でもあるのです。 その靖園神社を首相が参拝し、過去において日本のために命を投げ出した人々に対して感謝の意を表すのは当然の行為であり、それをストップした方がいいと政財界関係者が発音するとは何事ですか。 私も遺族の一員ですが、多くの遺族は怒り心頭に発しています。 そんな人には国家・経営のリーダーとしての資格などありもしない。

 冒頭に紹介した、ある若い隼人は、いわゆる 「 A級戦犯 」 に関しても単純な偏見を持っているようですが、是正していただきたい。

 というのも、アメリカの占領が終わった直後の昭和28年に国会で 「 戦傷病者戦没遺族等援護法 」 「 恩給法 」 の改正が重ねられ、いわゆる 「 戦犯 」 に対しても、戦没者遺族と同様に遺族年金、弔意金・扶助料が支給され、さらに受刑者本人への恩給も支給されるようになったんです。 そこにはA級、B級、C級の区別もなかったし、国内法の 「 犯罪者 」 とみなされることもなかった。 東京裁判で処刑された人は戦時中の 「 法務死 」 であるとされました。 こういった国会の決定に関しては、左右の社会党も賛成し、全会一致で 「 戦犯 」 は罪人とは見なさないとの判断基準を確立したのです。 歴史を知らない 「 若手経営者 」 諸兄は、独立した直後、まだアメリカやら世界の日本を見る厳しい日があった時期といえども、国家としてやるべきことをやってのけた当時の国会請負、国民世論の重みをしかと受け止めるべきです。 こういう努力の結果、小わゆる 「 戦犯 」 関係者も靖国神社の祭神選考の対象となったのです。 そして、昭和34年には合祀された人もいます。 東条さんなど刑死したA級戦犯が正式に合祀されたのは昭和53年( 一般にこの事実が知られたのは昭和54年4月19日の新聞報道以降 )です。 先輩たちが知恵を絞り、肺腑をえぐるような思いで決断決定したことを、軽々に 「 中国に嫌な顔をされたくないから靖国参拝なんて止めれば …… A級戦犯を分祀すればいいのに 」 というのは、不勉強のみならず先輩、歴史に対する倣岸不遜というしかない。

 中国は靖国神社にA級戦犯が祀られでから文句を言いだしたと思っている向きもあるが、それも嘘です。 昭和54年以降も、大平首相が靖園参拝をしましたし、昭和56年8月15日には鈴木善幸首相以下全閣僚が靖国神社に参拝したのに、中国は何の意思表示もしていません。 それ以降も、昭和60年の中曾根首相の参拝まで沈黙していた事実一つとってみても、中国はご都合主義でこの間題を政治的駆け引きの道具として使っているだけでしょう。

 それにA級戦犯を分祀すれば間題は解決すると思ったら大間違いです。 中国は相手が譲歩すればさらにつけこんでくる。 実際、唐家セン国務委員は、11月に山崎拓氏と会談した際、 「 靖国神社からA級戦犯を分祀すれば間題はずっと小さくなると言ったのに進んでいない。 別の追悼施設を作るという構想も聞いた。 この間、何をやっていたのですか 」 と傲慢な口調で述べています。 外相時代に靖国参拝をしないように 「 厳命 」 した彼らしいといえば彼らしいですが、 「 A級戦犯を分祀すれば問題はずっと小さくなる 」 としか言っていない。 「 問題が解決する 」 とは 「 言明 」 していないのです。 つまり、中国の本音はA級戦犯を分祀すれば、その次にはB政戦犯、C級戦犯の分祀を口実としてさらに要求してくる可能性が残されているということです。 こういった中国側の底意を十分に見極めておくべきです。 こういった点をマスコミも掘り下げた報道をすべきなのにあまりしていない。 まぁ、中国に媚びへつらう某新聞は購読を拒否し、NHKには金銭スキャンダルを理由とするのではなく、そういった理由から受信料不払い運動を展開してもいいのではないですか( 笑 )。

マッカーサーも不愉快な 「東京裁判」

 東京裁判を実際行なったアメリカのマッカーサー将軍にしても、その回顧録 『 マッカーサー回想記 』 上下( 朝日新聞社 )の中で、こう書いています。

「 私は戦争中、捕虜や被抑留者に残虐行為を加えたり、それを許したりした敵の現地司令官、その他軍関係者に対する刑罰は承認したことがある。 しかし、戦いに破れた国の政治的指導者に犯罪の責任を問うという考え方は、私にはきわめて不愉快であった。 そのような行為は、裁判というものの基本的なルールを犯すことになる、というのが私の考えだった。 私は当時、日本の政治指導者に戦争犯罪の責任を問うなら、真珠湾攻撃に対する告発にとどめるべきだと思い、またそう進言した 」  また、 「 東京裁判 」 について言えば、これはパール判事の 「 日本無罪論 」 が有名ですが、他にもフロリダ大学の歴史学の教授だったウィリアム・ウッドラフ氏が、 『 現在を読む 世界近代史 アジアを基軸として 』 ( TBSブリタニカ )という本を出しています。 そこでも、 「 東京裁判 」 は勝者の正義を振りかざしており、過去に遡って適用した事後法で裁いており、茶番でしかないと指摘しています。 従つて、 「 東京裁判 」 というのは、我々日本人が後生大事に思ったり、その判決を金科玉条の如くありがたがる意味は全くない代物だというしかない。

 しかし、 「 戦後民主主義 」 の観点に立脚した歴史教育というのが、 「 東京裁判 」 史観に基づいて長年行なわれてきたために、先の若手経営者のような誤解を持った人が少なくないわけです。 「 東京裁判 」 史観に則って一方的に日本を断罪した歴史教科書を使って教える日教組のセンセイ方の授業を鵜呑みにし、真面目に勉強しすぎたのが却って徒花になってしまったのでしょう( 笑 )。 でも、これは至急是正していく必要がある。 新しい歴史教科書をつくる会に、私は一会員として入会していますが、そういった反自虐史観の教科書で学ぶ子供たちが増えることは、日本の将来にとって明るい材料になると私は考えています。 要は 「 戦後洗脳 」 教育からの脱却です。

 幸い、国民世論はまだまだ健全です。 平成13年の参拝の前の5月28日付けの毎日新聞の世論調査でも、 「 参拝してよい 」 が44%、 「 私的な立場ならよい 」 、が46%でした。 「 参拝すべきではない 」 は僅か7%でしかなかった。 同じく5月13日に朝日がインターネット版 「 アサヒ・ドットコム 」 で参拝の賛否を問うアンケートを行なったことがあった。 実は私も賛成に一票を投じたのですが、見ていると、何と朝日の調査だつたのに、参拝賛成が66%で、私的参拝なら可も入れると7割を越えていた。 賛成が増える一方だったので、このまま投票が進めば8割は賛成になるかなと思っていたら、突然閉鎖されてしまったことがあった。 途中までの結果も紙面に載せることはありませんでしたが、非常に作為的なものを感じました。

 平成16年12月11日に発表された共同通信社の世論調査でも靖国参拝について 「 来年も続けるべき 」 が51%で半数を越えています( 「 見送るべきだ 」 は40.8% )。

 平成17年には、是非ともこういった内外のおかしな靖国参拝反対論を一蹴し、堂々と参拝していただきたい。 そうすれば、自然と国民世論も靖国参拝を支持する声がより高まっていくのは間違いありません。 「 若手経営者 」 諸君も今一度、日本の近現代史を勉強しなおすことによって、中国側の言い分がいかに歴史事実を一方的に都合よく解釈した上での暴論でしかないということを見抜き、日本人として堂々と反論するぐらいの気概を持っていただきたい。 目先の経済的利益の得失のみに拘泥していてはいけない。 一度、靖国に参拝して頭を冷やしたらいかがなものか( 笑 )。

 小泉首相は、8月15日に参拝するのもいいでしょうが、戦前のことを考えると春( 秋 )の例大祭に参拝していただいてもいい。 いずれにせよ、靖国神社参拝は軍国主義イデオロギーの復活につながることはありえません。 逆に戦没者を追悼するという国家の当然の義務を一部外国の容嘴に屈して国家が果たさないような事態が生じたら、その時、国民もまた国を護る使命感を喪失し国家は衰亡していくことは歴史の必然と言えます。 独立維持か衰亡か、今、日本はその分岐点に立っているといっても過言ではないでしょう。 この冷厳な事実を我々は一時も忘れてはならないと思います。
( 談 )