売国奴列伝
河野洋平


河野洋平というアフォ~

 1995年にバンコクで行われた東南アジア諸国連合外相会議に出席の途上、台風の影響で乗っていた飛行機が台湾に緊急着陸した際には、その搭乗機から一歩も降りず、緊急着陸で世話になった台湾当局には給油の謝辞さへも伝えずにそのまま離陸し、そして、バンコクでは銭其■[ 深の"シ"が"王" ]中国外相に対して 「 台北空港で私は一歩も外に出ませんでした 」 ( または 「 私は台湾の土を踏みませんでした 」 )と書いてあるのもありますが、どちらにしても 中国様に対してはシッポふり振りの忠犬 ぶりです。

こういった売国奴といわれる政治家( まあ、この河野洋平の場合は単なるアホウかもしれません )がごろごろしているようです。

 現在は衆議院議長の役職にある河野洋平は、平成5年8月に官房長官を務めていた時に、所謂従軍慰安婦の強制性を認めた上、謝罪を含む 「 いわゆる河野談話 」 を発表しました。

Link ---> 河野洋平談話( 平成5年8月4日 )


 この事により、支那、南北朝鮮、腐れ偏向マスコミは客観的証拠のない従軍慰安婦強制連行という事について既成事実化をはかっています。

 しかし、平成9年3月12日の参議院予算委員会で、平林内閣外政審議室長は 「 政府の発見した資料の中には、強制連行を直接示す記述は見当らなかつた 」 と答弁しています。

また当時副官房長官であった、石原信雄氏は産経新聞のインタビューにてこの河野の談話について下記のように答えています。
産経新聞( 1997年3月9日 )

河野氏は調査の結果、強制連行の事実があったと述べているが‥‥‥
「 随分探したが、日本側のデーターには強制連行を裏付けるものはない。慰安婦募集の文書や担当者の証言にも、強制にあたるものはなかった 」

一部には、政府がまだ資料を隠しているのではという疑問もある‥‥‥
「 私は当時、各省庁に資料提供を求め、( 警察関係、米国立公文書館など )どこにでもいって( 証拠を )探してこいと指示していた。薬害エイズ問題で厚生省が資料を隠していたから慰安婦問題でも、というのはとんでもない話。あるものすべてを出し、確認した。政府の名誉のために言っておきたい 」

ではなぜ強制性を認めたのか‥‥‥
「 日本側としては、できれば文書とか日本側の証言者が欲しかったが、見つからない。加藤官房長官の談話には強制性の認定が入っていなかったが、韓国側はそれで納得せず、元慰安婦の名誉のため、強制性を認めるよう要請していた。そして、その証拠として元慰安婦の証言を聞くように求めてきたので、韓国で16人に聞き取り調査をしたところ、 『 明らかに本人の意志に反して連れていかれた例があるのは否定できない 』 と担当官から報告を受けた。16人中、何人がそうかは言えないが、官憲の立ち会いの下、連れ去られたという例もあった。談話の文言は、河野官房長官、谷野作太郎外政審議室長、田中耕太郎外政審議官( いずれも当時 )らと相談して決めた 」

聞き取り調査の内容は公表されていないが、証言の信憑性は‥‥‥
「 当時、外政審議室には毎日のように、元慰安婦や支援者らが押しかけ、泣きさけぶようなありさまだった。冷静に真実を確認できるか心配だったが、在韓日本大使館と韓国側と話し合い、韓国側が冷静な対応の責任を持つというので、担当官を派遣した。時間をかけて面接しており当事者の供述には強制性に当たるものがあると認識している。調査内容は公表しないことを前提にヒアリングしており公表はできない 」

韓国側の要請は強かったのか‥‥‥
「 元慰安婦の名誉回復に相当、こだわっているのが外務省や在韓大使館を通じて分かっていた。ただ、彼女たちの話の内容はあらかじめ、多少は聞いていた。行って確認したと言うこと。元慰安婦へのヒアリングを行うかどうか、意見調整に時間がかかったが、やはり( 担当官を )韓国へ行かせると決断した。行くと決めた時点で、( 強制性を認めるという )結論は、ある程度想定されていた 」

それが河野談話の裏付けとなったのか‥‥‥
「 日本側には証拠はないが、韓国の当事者はあると証言する。河野談話には 『 ( 慰安婦の募集、移送、管理などが )総じて本人たちの意志に反して行われた 』 とあるのは、両方の話を総体としてみれば、という意味。全体の状況から判断して、強制に当たるものはあると謝罪した。強制性を認めれば、問題は収まるという判断があった。これは在韓大使館などの意見を聞き、宮沢喜一首相の了解も得てのことだ 」

談話の中身を事前に韓国に通告したのか‥‥‥
「 談話そのものではないが、趣旨は発表直前に通告した。草案段階でも、外政審議室は強制性を認めるなどの焦点については、在日韓国大使館と連絡を取り合って作っていたと思う。 」

韓国側が国家補償は要求しない代わり、日本は強制性を認めるとの取引があったとの見方もある‥‥‥
「 それはない。当時、両国間で( 慰安婦問題に関連して )お金の問題はなかった。今の時点で議論すれば、日本政府の立場は戦後補償は済んでいるとなる 」

元慰安婦の証言だけでは不十分なのでは‥‥‥
「 証言だけで( 強制性を認めるという )結論に持っていったことへの議論があることは知っているし批判は覚悟している。決断したのだから、弁解はしない 」

 つまり、当時の官房副長官だつた石原信雄氏は、“慰安婦” を認めた背景に、元慰安婦とその支援者( NGOなど )や韓国側から強い圧力があった と述べ、強制性の認定について 「日韓両国間での妥協の産物」 と明言し、暗にその圧力に屈したことを認めている のです。

それに対して、河野洋平は、平成11年10月5日の外相就任会見において
物理的証拠 や、本人の 他の人にはわかり得ない話 などを踏まえて発表した。 確信を持っている
(平成11年10月6日付 産経新聞朝刊 )

 ところが このバカ はそれでいて、以前の朝日新聞の取材に対して
『 政府が法律的な手続きを踏み、暴力的に助成を駆り出した 』 と書かれた文書があったかといえば、そういうことを示す文書はなかった。 けれども、本人の意思に反して集められたことを強制性と定義すれば、強制性のケースが数多くあったことは明らかだ。
(1997年3月31日朝日新聞 )

 これは、証拠は無いが、自分の思い込みだけで談話を出したという事をいっているのです。
 売国奴の真骨頂でしょう。

 以上より物理的証拠という物も何も示さず、本人のいった事をそのまま認めているだけという、客観的に物事を判断したのではないという事を自分で認めているのです。 河野はあきれたバカとしか言い様がありません。 自虐趣味の連中に多いタイプですけど、一国の外相( こいつは害相 )としては 最低です

 日本人には、北朝鮮に “奉仕” してきただけでなく、日本の歴史を貶め、売り渡してきた河野洋平が、今回の総選挙後の国会で立法府の長、衆議院議長に就任したことなど、どうでもよいことなのでしょうか。 私にはまったく信じられない人事です。
 河野洋平が外相を務めていた2000年3月、日朝交渉再開のためと称してコメ支援が浮上したとき、河野外相に面会した拉致被害者の家族会が、 『 無条件でコメ支援をすれば、拉致問題を棚上げして日朝交渉を進めることができるといった誤ったメッセージを北朝鮮に送ることになる 』 と詰め寄ったのに対し、河野外相は 『自分が全責任を取って行う』 と広言して、北朝鮮に50万トンの米支援を決定 しました。
 この50万トンという量は、国連の世界食糧計画が要請した19万5000トンの要請を遙かに上回る援助で、金額にして1200億円もの金を犯罪国家にただでくれてやった のです

 ところが、これだけ気前のいい大盤振る舞いをしたにもかかわらず、北朝鮮は2001年12月、日朝間で合意していた 『 行方不明者 』 の調査打ち切りを通告してきた。 この大盤振る舞いは 日本人拉致など問題解決には何の役にも立ちませんでした。 結果はタダ取りされただけで、何もなりませんでした。 『 相手の誠意を引き出すためには、まずこちらが誠意を見せる必要がある 』 と胸を張った河野の目論見はものの見事に裏切られたが、
 どのようにして、責任を取るんでしょうか?
  …… 河野がその後何らかの政治責任を取ったという話は絶えて聞かない!
 おのれの甘い見通しのために国民の血税を浪費したこの手の政治家は、即刻、議員を辞職し、政界から引退すべきだろう。
 現実は政界から引退どころか、衆議院議長に就任ですからね。 日本を貶めて恥じることなく、反省すらしない政治家が駆逐されない日本という国は、いったいどうなってしまったのか。 石原都知事が自民党総裁選挙での亀井静香候補の応援演説中、外務省の田中均審議官の自宅に発火物が仕掛けられたことについて、 「 当然のいきさつがあった 」 と、田中に代表される外務省の不作為の罪を指摘して物議をかもしましたが、怒りを忘れていない国民から見れば、 「 いい加減にしろ 」 と叫びたくなるほど、ふざけた人事です。
 たしかに河野洋平は、大袈裟でなく、日本の過去と未来の結節点に立つ政治家としては 「万死に値する」 ような言動を繰り返した政治家です 官房長官だった平成5年には、いわゆる従軍慰安婦問題で、慰安婦の強制連行を示す証拠のないまま韓国に対して謝罪と反省を表明しました。 それが実は、韓国政府との政治的妥協にすぎなかったことは、当時官房副長官だった石原信雄氏によって明らかにされているにもかかわらず、そのときの談話は訂正されないままです。
 平成12年7月末にバンコクで行われた日朝外相会談の席でも、 「 相手の誠意を引き出すためには、まずこちらが誠意を見せる必要がある 」 としてコメ支援を強行し、 「 自分が全責任を取る 」 と広言していながら、北朝鮮の白南淳外相を前にして、拉致問題や核ミサイル疑惑についてはいっさい口にすることがなく、何の主張も、交渉もしませんでした。 こんな政治家が外務大臣とは開いた口がふさがらない。 振り返ってみると、ここ10数年のわが国の外務大臣は本当にダメな人ばかりが就いていると言わねばなりません。
 河野が"叩頭"した相手は、北朝鮮や韓国ばかりではありません。 同年10月に中国の朱鎔基首相( 当時 )が来日した折も、 「 ( 歴史認識に関する )日本の謝罪はなお不十分 」 と言われたことに弁明すらせず、さらには検定中の歴史教科書の内容について、南京事件の記述を減らさないように"圧力"をかけられたにもかかわらず、その中国の行為に対して 「 日本人を刺激することには当たらない 」 などと、それこそ 日中どちらの国の政治家だかわからない発言をしています
 また台湾前総統の李登輝氏が心臓病の治療のために来日ビザの申請をしたときも、森喜朗首相( 当時 )の 「 ビザ発給 」 という姿勢に対して、河野が外相辞任をちらつかせてまで抵抗したことは記憶に新しいところです。 河野は 「 自分の外相在任中は李氏の訪日は認めない 」 という考えを周囲に漏らしていました。
 それから、これは平成6年のことです。 そのときも外務大臣を務めていた河野は、国際会議に出席するため空路バンコクに向かっていたのですが、飛行機が台風に遭遇して台北空港に緊急避難した。 河野は、台湾とは国交がないからということなのでしょう。 機内にとどまったまま一歩も外には出ず、台湾の地に触れることのないまま天候の回復を待ってバンコクに向かいました。 無事着いた河野は、中国の銭其■[ 深の"シ"が"王" ]外相( 当時 )に、自分が台湾の地を踏まなかったことをいちいち説明したそうです。 まさに 「日中友好」 という名のマインドコントロールに嵌ったままの、中国の “忠臣” と呼ぶにふさわしい行動です


河野洋平に読ませたい 「一冊」 !

“従軍慰安婦”否定を 「妄言」 と反発する韓国紙

 “従軍慰安婦”に関し、安倍首相が 「 官憲が人を連れて行くような狭義の強制性はなかった 」 と。 また、 “従軍慰安婦”に関する米国下院の決議案は、 「 事実に基盤を置いていない。 議決されても私が謝罪することはない 」 、とごく当然の発言をなしたのに対し、韓国メディアは、 「 妄言 」 呼ばわりの大合唱である。 鏡に向かって言うようなものだ。 「 妄言 」 こそは韓国の特技。 「 騙し 」 と並ぶ韓国の国技である。

 それにしても、ここでも 「 河野談話 」 が引き合いに出されている。 韓国主張の 「根拠」 は、この談話のみである 唯一の 「 根拠 」 というわけだ。 要は、この談話を見直し、真実にそぐわない捏造として破棄すれば、韓国の主張は大きな 「 根拠 」 を失うことになる。 「 真実 」 を前面に出し、理路整然と主張しつつ、 「 河野談話 」 と本人の議員資格が抹消されることを!

日本人なら知っておきたい 「 慰安婦問題 」 のからくり (単行本)
出版社 発行所=夏目書房
著者 阿部晃
税込価格 1,365円( 本体1,300円+税 )
発行年月 2005年5月
判型 B6
ISBN 9784860620394
阿部 晃 (著)

 現在、日本の教育現場は“反日的”とさえいえる状況に置かれていて、特に近代史の授業にいたっては、一方的にアジア諸国に対する侵略と迫害の歴史とする、自虐的な傾向のものが主流となっています。 ところが“慰安婦問題など虚構に過ぎない”のです。 このような状況を放置しておくと、そのうち日本は、祖国に対して嫌悪感をいだくような人間ばかりになってしまいます。
 もとをただせば、日本政府が、慰安婦問題をめぐって 「 河野談話 」 という形で公式謝罪におよんでしまったためなのです。 慰安婦問題の虚構性、そして慰安婦問題というものがクローズアップされるようになったカラクリを暴いたうえで、 「 河野談話 」 というものが、どれほど日本に大きな弊害をもたらしているのかということを徹底的に理解してほしい。

 河野洋平議員もこの一冊をお読みになれば、ご自身が政治家としていかに無知で、いい加減であったかが分かるだろう。
 きっと、本人も知らなかったのでしょう!
 河野洋平議員にも読ませてあげたい!

 かの 「 河野談話 」 は論旨の上で著しく破綻している。 それでありながら、当時( 1993年 )の日本の閣僚・河野洋平議員が“従軍慰安婦を認めた”と。 その一点を、特定国は反日策動の足場として十二分に 「 利用 」 している。
 これは、策意のある国は、日本の政治家の 「 言資 」 がここまで利用される、との悪しき見本でもある。 このような政治家の愚行は二度とあってはならず、また、良識の国民が許してはならない時代に入った。
  「河野談話」 の見直しが多いになされ、同談話が、特定国の策動ととも消滅することを願う!

【従軍慰安婦問題】

河野談話見直し必要なし

    「継承することが大事だ」 と公明代表

 公明党の太田昭宏代表は2日の会見で、自民党の議員連盟が慰安婦問題に関する平成5年の河野官房長官談話の修正を求めていることについて 「 公明党は河野談話を支持し、それをもとにして対応してきた。 継承することが大事だ 」 と述べ、修正の必要はないとの認識を示した。
産經新聞 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070303-00000006-san-pol
今や見直し説が日本で湧く中、よくも平気で言えたものです。



「河野談話」 に対する河野氏本人の説明

 米下院に提出された慰安婦問題をめぐるでたらめな対日非難決議案をきっかけに、いま再び平成5年の 「 河野官房長官談話 」 が注目を集めています。 この談話のいい加減さや弊害については、たくさんの人が指摘されていますが、それでは肝心の河野洋平氏自身はどう考えているのか。

 そこで、河野氏が自民党の 「 日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会 」 ( 現在は会の名称から 「 若手 」 がとれています )で平成9年に講演した内容を、ここで紹介したいと思います。 ちょっと古いですが、河野氏の考えはそうは変わっていないと思います。 これは、同年に出版されたこの議連の活動を記録した 「 歴史教科書への疑問 」 ( 展転社 )という本に収められているものです。

 原文はもう少し長いので、少し端折りました。
河野氏:
( 前略 )
 こうした問題は決していたずらに時間をかけてゆっくり、いわゆる引き延ばすようなことをすべきではないと。 調査はやはり速やかにやるべきだということで調査を行ったわけですが、その調査の段取り、それから何省の何課にどういう資料があったかというのはいま十分申し上げるだけの資料は私の手元にはありませんが、官房長官として外政審議室を督励をして、関係各省、それからたしか役所だけではなかったと思いますが、資料がありそうな場所は相当幅広く当たったことは事実でございます。
 そこで、あったか、なかったか、という問題になると、はっきりあったと言えるのは、いわゆる慰安所というものがあったということははっきりいたしました。 慰安所というものがあって、なぜ慰安所をつくったかについてはいろいろ理由もあるわけですが、それは置くとして、慰安所というものがあって、そこに働く女性がいたということもはっきりしている。
 それがはっきりして、慰安所があって、いわゆる慰安婦と言われる人がそこに働いていた。 強いて言えば 「 働かされていた 」 と言っていいかもしれません。 いや、それは公娼というのがあって、ビジネスでやっていたので、という説明もありますが、慰安所における女性に対する管理をどういうふうにするかというような資料などを見ると、やはり管理の下に仕事をしていた。 自由はかなり拘束されていたと思える部分がある。
 その拘束されていた理由はいろいろあって、例えば情報が漏れるといけないとかいうことも理由の一つだと思いますし、それ以外の理由もあったかもしれません。 いろいろな理由があって自由が束縛された。 本人個人の意思でどこにでもいける、つまり、もういやになったから辞めます、ということが言えたかというと、それはどうもできない、という状況まではっきりした。
 しかし、それははっきりしたんですが、皆さんが一番問題と考えて指摘をしておられる、その女性が強制的に連行されたものであるかどうかということについては、文書、書類ではありませんでした。 女性を強制的に徴用しろといいますか、本人の意思のいかんにかかわらず連れてこい、というような命令書があったかと言えば、そんなものは存在しなかった。 調べた限りは存在しなかったということは申し上げていいと思うんです。
 ただ、そこで考えなければならないことはそういう資料がなかったということは、資料がないんだからなかったんだ、と決められるかどうか。 逆に言えば、資料がなかったのにあったと言えるかと言えば、これもまたその逆でございまして、言えることは 「 資料がなかった 」 ということは事実としてはっきりさせておかなければいけない。
 ただし、資料はありませんでしたが、もろもろ様々な人たちの発言などを聞いていると、やはりいろいろなことがあったのではないかと。 全く非公式に、これはそう簡単なことではなかったのではないか、と思える節もある。 それは何と言ってもあのころのわが国の状況、これはもう命がけでやるか、やられるか、という戦争をしようというときですから、軍隊の持つ強制力といいますか、軍隊の持つ権力というものは絶大であって、軍に 「 こういうことをしてほしい 」 と言われれば、それに対して、 「 そうかもしらんが、私はそれはできません 」 ということが言えるかどうか。
 それは一人の女性だけではなくて、極端なことを言えば、高級官僚といえども、さらには政治家といえども、絶対にとは言いませんが、これに反する意思を述べるということはなかなかそう簡単ではなかったのではないか、ということも推測できると思うんです。 これはあくまでも推測です。
( 中略 )
 そういう中で、資料がない、つまり書類がない以上はどうするかと言えば、書類がない以上はやはりそれにかかわっていたと思われる人たちの証言もまた聞くべきだという議論があって、それはそうだね、と。 しかし、では、誰がかかわっていたか、どうやってわかるんだという問題もあるわけです。 「 私はかかわっていましたよ 」 と本人が言ったって、本当にかかわっていたかどうかは証明のしようがないではないか、何か証明すべきものがあるかということになると、それもなかなか難しいということもあったわけです。 現在も現存をすると思いますが、韓国にはそういう人たちが集まり、そういう人たちを支える組織というものも複数があって、その複数の組織からいろいろな意見が出てくるという話も聞いておりまして、我々としてもそういう人たちの意見も聞いたらいいではないかということになったわけです。
( 中略 )
 で、何人かの人の証言も聞きました。 それはいま申し上げたようにプライバシーの問題もあるので、どこで、誰々さんから聞いた話はこうですよ、ということは外には一切出さない。 しかし、それが本当かね、どうかね、という話は、いろいろな人が聞いてきて、あれは本当ではないのではないかとか、いろいろなことを言う人も中にはあったわけです。
 私はその証言を全部拝見しました。 「 その証言には間違いがある 」 という指摘をされた方もありますが、少なくとも被害者として、被害者でなければ到底説明することができないような証言というものがその中あるということは重く見る必要がある、というふうに私は思ったわけでございます。
( 後略 )
 要は、慰安婦募集における官憲による強制は、何も証拠はなかったけども、韓国人の元慰安婦の証言を聞くとそういうようなことがあった気もするので強制性を認めたという話です。 ふぅ。 この元慰安婦への聞き取り調査内容について、外務省と内閣府に情報公開請求をしましたが、プライバシーを理由に却下されました。

 ちなみに、この河野氏の講演後の質疑応答で、 「 軍がそこに歩いている女性を強制的に連れてきた事実というのは本当にあったのかどうか。 このことが、今、実は外国で問われているわけです。 ( 中略 )日本という国はとんでもない国だ、そこに歩いている女性を強制的に軍隊が引っ張ってきてセクシュアル・スレイブとして使ったんだと。 そういう印象を与えて、そしてそのことが広がっているのが問題 」 だと指摘し、河野氏にかみついていたのが、衛藤晟一えとうせいいち氏でした。

 当時、この議連の代表( 会長 )が中川昭一氏で、実質的なナンバー2の幹事長が衛藤氏、ナンバー3の事務局長が安倍晋三氏でした。 マスコミは、衛藤氏の復党問題に続いて、今度は中川氏の中国脅威論を槍玉にあげていますね。 安倍氏と中川氏が朝日新聞の捏造記事で攻撃されたことは記憶に新しいですが、多くのマスコミが嫌い、好んで攻撃する議員とは、どういう議員であるかが、分かるような…。
2007年9月22日









 終戦の日である昨日、東京・北の丸公園で開かれた全国戦没者追悼式での河野洋平衆院議長のあいさつ文を読んで、私は言葉を失いました。 この人のあいさつ文が独りよがりで変なのはいつものことですが、よりによってこれが、全国から集まった戦没者遺族に投げかける言葉なのか と。 これは、肉親を失った遺族への深い思いや共感のたぐいでは決してなく、河野氏自身の安っぽい自己満足のせりふの単なる羅列ではないかと。 こんな人を三権の長として奉っているわが国の不幸に今更ながらに気分が暗くなります。
 まずは、河野洋平衆院議長の追悼の辞全文を掲載します。
 天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、全国戦没者追悼式が挙行されるにあたり、謹んで追悼の辞を申し述べます。
 終戦のご詔勅のあの日から62年の歳月が流れました。 国策により送られた戦場に斃れ、あるいは国内で戦火に焼かれた戦没者の御霊に中新り哀悼の誠を捧げます。
 今日のわが国の平和と繁栄は、戦没者の方々の尊い犠牲の上に築かれたものであり、私たちは日本人として、これを決して忘れてはならないと思います。 300万余の犠牲は、その一人一人が、一家の大黒柱であり、あるいは前途に夢を持ち、将来を嘱望された青年男女でした。 残されたご遺族の悲しみを思います時、私は失ったものの大きさに胸が潰れる思いであります。
 そしてそれは、わが国の軍靴に踏みにじられ、戦火に巻き込まれたアジア近隣諸国の方々にとっても、あるいは真珠湾攻撃以降、わが国と戦って生命を落とされた連合国軍将兵にとっても同じ悲しみであることを私たちは胸に刻まなければなりません。 また私は、日本軍の一部による非人道的な行為によって人権を侵害され、心身に深い傷を負い、今もなお苦しんでおられる方々に、心からなる謝罪とお見舞いの気持ちを申し上げたいと思います。
 私たち日本国民が、62年前のあまりに大きな犠牲を前にして誓ったのは 「 決して過ちを繰り返さない 」 ということでした。 そのために、私たち一人一人が自らの生き方を自由に決められるような社会を目ざし、また、海外での武力行使を自ら禁じた、 「 日本国憲法 」 に象徴される新しいレジームを選択して今日まで歩んでまいりました
 今日の世界においても紛争は絶えることなく、いまも女性や子どもを含む多くの人々が戦火にさらされ苦しんでいます。 核軍縮の停滞がもたらした核拡散の危機は、テロリズムと結びついて私たちの生存を脅かそうとさえしています。 私たちは、今こそ62年前の決意を新たにし、戦争の廃絶に向け着実な歩みを進めなければなりません。 その努力を続けることこそ、戦没者の御霊を安んずる唯一の方法であると考えます。
 私は、国際紛争解決の手段としての戦争の放棄を宣言する日本国憲法の理念を胸に、戦争のない世界、核兵器のない世界、報復や脅迫の論理ではなく、国際協調によって運営され、法の支配の下で全ての人の自由・人権が尊重される世界の実現を目ざして微力を尽くして参りますことを全戦没者の御霊を前にお誓いし、私の追悼の詞といたします。
 河野氏は、型どおりに遺族たちへの同情を示した上で、いきなり、その思いはアジア諸国民や連合国軍将兵の家族も同じなのだとお説教をたれています。 真珠湾攻撃にまで言及して。 まるで、悲しいのはあなた方日本の遺族だけではない、日本が悪いのだから我慢しろと言っているようにも感じました。 また、河野氏が言う 「 日本軍の一部による非人道的行為 」 とは、明言はされていないものの、これまでの彼の言動から慰安婦に関することだと分かります。 そして、謝罪とお見舞いの気持ちを改めて強調していますが、それが戦没者を慰霊する日に遺族にわざわざ話すことでしょうか
 河野氏はさらに、広島の原爆慰霊碑の碑文と同じ言い回しで、日本国民は 「 過ちを繰り返さない 」 と誓ったと決めつけています。 先の大戦の評価に関しては、悲惨の結果を生んだこと自体はだれしも認めることであっても、 「 あの状況下では、戦争に至ったのもやむをえない 」 という考え方も決して少なくないと思います。 終戦50年の年の平成7年のことですが、サヨク・リベラル路線で有名な岩波書店の編集者と意見交換した際も、相手は 「 戦争自体はやむをえなかった 」 と率直に語っていました。 要するに、多様な考え方があるのは分かり切っているのに、河野氏は評判の悪い碑文の言葉を日本国民の共通認識だとしたわけです

 その上で河野氏は、これまた文脈上、不必要な 「 新しいレジーム 」 という言葉を用い、安倍首相の掲げる 「 戦後レジームからの脱却 」 を皮肉ってみせました。 河野氏の政治信条が安倍氏と正反対だとして、それが武道館に集まった遺族たちに何のかかわりがあるというのでしょうか。 天皇皇后両陛下の目の前で、ときの首相をあてこすり、厳粛な式典の品位を落とすような行為を、この人はどうしてしなければならなかったのかと疑問でなりません。 英霊の鎮魂についても、勝手に自分の考えが唯一の方法だと述べています。

 河野氏は最後に、報復や脅迫の論理ではなく、法の支配の下で全ての人の自由・人権が尊重される世界の実現に尽くしていると自賛しましたが、河野氏が愛してやまない中国が、そんな国ではないことは、地球人類の半分ぐらいは知っている常識だろうと思います。 あまり下品な言葉は遣いたくありませんが、このあいさつ文に、正直なところ吐き気すら覚えます。 きっと河野氏は、自分自身のことを、世界平和をまじめに祈る同情深いいい人だとでも認識しているのでしょうが、この文章から浮かび上がる姿は、自分勝手で他人の気持ちが分からないナルシストという感じでしょうか。 たぶん、何を指摘されても決して反省せず、いつも自分は正しいと思うタイプの人なんだろうないう気もします。 私は他人のことを言えるようなまともな人間ではありませんが、この人に対しては…。




( 2012.09.20 )
 



 デモを装って中国内の日本企業を叩き壊しながら、40周年の友好記念をやりますから、どうぞいらしてください、と猫なで声で。 あぁ~気色悪い。

 中国当局は20日までに、日中国交正常化40周年事業の記念式典を予定通り27日に北京で開催すると日本側に通知した。

 中国当局は日本政府による沖縄県・尖閣諸島( 中国名・釣魚島 )の国有化に反発しており、式典自体の開催が危ぶまれていた。 中日友好協会などが中心になって準備を進めており、中国当局は規模を縮小しても民間のパイプは維持すべきと判断したとみられる。

 ただ、日本政府の対応次第では、記念式典が急きょ取りやめになる可能性も残されている。
 通知によると、26日に中日友好協会会長の唐家璇とう・かせん元国務委員が主催する夕食会を開催するほか、27日午後に北京で記念式典を開く予定という。 ただ、中国指導部の誰が出席するかは明らかになっていない。

 





( 2012.10.09 )

 

 1993年に 「 河野談話 」 を発表した河野洋平元日本官房長官( 75 )が8日、日本政界で浮上している河野談話破棄または修正論について、 「 日本の人権意識が疑われ、国の信用を失いかねない 」 と警告した。

 当時の談話で、日本政府は 「 慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与し、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあった 」 と認めた後、謝罪した。

 河野氏は8日付の読売新聞の連載物 「 時代の証言者 」 に掲載されたインタビューで、 「 河野談話は日韓だけでなく米国の国立公文書館などの資料も慎重に検討し、宮沢内閣の責任で決めた 『 内閣の意志 』 」 と規定した。

 また 「 河野談話を閣議決定はしていないが、その後のすべての自民党政権も民主党政権も踏襲してきた 」 とし 「 にもかかわらず、紙の証拠がないからといって戦後半世紀を超えて今も苦しむ女性の存在や戦争中の悲劇までなかったと言わんばかりの主張には、悲しみさえ覚える 」 と指摘した。 さらに 「 アジアのみならず、欧米諸国からも日本の人権意識を疑われ、国家の信用を失いかねない 」 と警告した。