Nov. 11, 2008

 あ調
河野洋平
橋本龍太郎


 日本はABC級戦犯の生命を差し出し、敗戦後の貧しい生活の中から 巨額の賠償金 を支払い、戦勝国に着せられた罪を償いだ。
 だが、左翼・売国奴の連中は 『我々の祖父母やその両親が犯した罪は、われわれみなで背負わねばならない』 と言う。
 わたしやわたしの子や孫にも罪を背負わせよと。
 支那や朝鮮の反日意識が世襲されるのだから、日本の罪をわが子や孫に世襲させよと。
 なぜ、先祖の罪をわたしやわたしの子や孫が背負わねばならぬ。

 ハッキリ 言っておく。 やなこった!!

 左翼・売国奴の子孫は、未来永遠に懺悔していかなければならないなんて可哀想、同情するね。





売国奴・総理大臣の大罪
売国奴・媚中派政治家
  売国奴・ 「 東京大学 」出身者の大罪
  売国奴・財界人の大罪
反日日本人
平和運動者
  中国・北朝鮮に操作された反日マスコミの実態
オ~、ヨシ、ヨシ…金正日をあやし肥らせた言説
  北朝鮮礼賛集
  金と女まみれの北朝鮮族議員
拉致問題と売国議員
浅井基文
浅野健一
井筒和幸
大江健三郎
岡崎トミ子
小田実
  加藤紘一
金子哲夫
金子勝
金丸信
香山リカ
北川広和
河野太郎
河野洋平
後藤和夫
  坂本義和
清水澄子
辛淑玉(シン・スゴ)
徐勝(ソ・スン)
  高木健一
田原総一朗
田中角栄
田中真紀子
田中均
田嶋陽子
田辺誠
筑紫哲也
趙博(チョウ・バク)
辻元清美
デヴィ夫人
田英夫
土井たか子
  中島梓
中山正暉
二階俊博
野中広務
橋本龍太郎
鳩山由紀夫
辺真一(ビョン・ジインル)
福島瑞穂
藤野文晤
本多勝一
  槙枝元文
宮台真司・小熊英二
美濃部亮吉
村山富市
  山内恵子
柳美里(ユウ・ミリ)
吉川春子
吉田康彦
      和田春樹

 パスポートの表紙をめくると、日本国外務大臣の職印の上段に次のように明記されているはずだ ……
「日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の所官に要請する」
 …… 自分の存在を世界に保証してくれる祖国を愛せないなら、パスポートを旅行先で捨ててみるといい。 永久に日本に帰れず出国もできず、その国の刑務所で一生を終えるだろう。


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心ならずも ……

 国民の命を守る国家というものは、ある一定の人( 軍人・消防士・警察官など )には命を危険にさらす事を強いなければならない事がある。 しかし、彼らにしても、命がけで任務を果たそうとするときに 心ならずも なんて思うはずがない。靖国に祀られている英霊も同じで、 心ならずも なんていうのは失礼だ …… という話。

 国家の役割の一つに、国民を守るという事がある。 しかし、実際に国民を守るのは、これまた国民である。 国民を守るように国から命令を受けた一部の国民が、場合によっては自分自身の生命の危険をおかしてでも、他の国民の生命を守らねばならない。 つまり、国民の命を守る国家というものが、ある一定の人たち( 軍人・消防士・警察官などなど )には命を危険にさらす事を強いる 必要がある。 ( 消防士や警察官は地方公務員だから命令するのは正確に言えば国ではなく、地方自治体だとか、そういう細かい話はとりあえず置いて… )まず、一つのたとえ話から。 例えば消防士について考えてみる。 2年ほど前のニュースから。
消防士3人死亡 民家崩落、下敷きに 神戸・西区

 2日未明、神戸市西区伊川谷町小寺、小学校校務員の男性( 51 )方から出火、木造二階建て延べ約150平方メートルを全焼した火事で、崩れ落ちた2階部分の下敷きとなった消防隊員のうち、西消防署司令補( 30 )ら3人が死亡した。 隊員らは出火から約30分後、一階で倒れていた男性を救出しようと突入、10数人が下敷きになったといい、犠牲となった3人以外に隊員10人が重軽傷。 また、焼け跡から見つかった男性の遺体は、校務員の男性とみられる。

 兵庫県警捜査一課と神戸西署などは同日午前10時半から現場検証を開始。 出火原因とともに、突入のタイミングなど消防当局の指揮命令や現場対応に問題がなかったか、業務上過失致死傷容疑も視野に調べている。

( 後略 )
 火事で燃えさかる炎の中へ、人命救助のために、消防隊員らが決死の覚悟で飛び込んだ。 しかし不幸なことに、その直後に2階が崩落、隊員3名が亡くなり、10数名が重軽傷を負った。 結果として、救助もできずに隊員までもが犠牲になってしまった。

  「突入のタイミングなど消防当局の指揮命令や現場対応に問題がなかったか」 などと言われているが、このような状況下で正確に安全性を判断するのは難しい。 のんびり考えている間などないわけだし、現場で即決断しなければならない。

 では、彼らは一体どのような気持ちで飛び込んでいったのだろうか? それが仕事だからか? 命令されたから飛び込んで行ったのか? そうではないだろう。 自分の仕事に対する高い意識とプライドを持っていた からこそ、自分の身を危険にさらしてでも、炎にまきこまれている人を助けるために飛び込んでゆく事ができたのに違いない。

 結果として救出はできなかったが、だからと言って消防士らの行為の価値が損なわれる事など一切ない。 こうした彼らの行為を、結果がともなわなかったからと言って、命令だからやむを得ずだったとか、しかたなしに、とか、 「 心ならずも 」 犠牲になったなどと言う人はまさかいないだろう。 そのような発言は、彼らに対するこの上ない無礼・侮辱であろう。

 ここで話は少しかわる。 こちらでも一度書いたが、先の戦争において戦地で犠牲になった方々にたいして、 心ならずも 戦争に行かされて戦死したかのように言われている。 現代の我々の価値観からすれば、そう考えてしまうのもやむを得ない部分もあるとは思う。 結果的にあの戦争は敗北し、あまりにも大きな犠牲を日本にもたらしたのだから。

 しかし、結果がともなわなかった、悲惨な結果に終わってしまったとしても、彼らは自分の行為が日本のため、日本を救うためだと信じて戦ったのではないか? 命令だからしかたなく、 心ならずも 戦って散って行ったのか? それがすべてだったのか? 多くの兵士らは自ら覚悟して戦ったのではなく、命令だからしかたなしに戦って、その結果戦死したのか? もちろんそういう人たちもいたのかもしれないが、それが一般化できるとは私には思えない。

 兵士が本当に日本のためと信じて、自らの意志によって勇敢に戦った結果、力及ばすに散ったのだとすれば、 命令されたから 心ならずも などと言う事以上の無礼・非礼はないのではなかろうか。

 また、命令ではなく、だまされた、洗脳されて皇民化されたからだ、などと言う人もいる。 命がけで行動する事のできない現代人にすれば、そうでも考えなければ理解できないのだろう。 しかし、現代人の目からみてだまだれたり洗脳されたように見えたとしても、 「 信じていた 」 のに違いない。 「 信じる 」 事を決断した自我はあっただろう。 そう信じて戦って亡くなった英霊に対しても、 「 いや、あなた方はだまされていたんですよ 」 などと言うつもりだろうか。

 明治維新以来、西洋に追いつけ追い越せで日本が近代国家を建設する過程において、当然のことながら、西洋の国家をモデルにした。 そこで、西洋の国家の基礎にあるキリスト教のかわりに、日本は天皇を中心とする一神教的な国家神道を作り上げて国の中心に据えた。 国の象徴として天皇を持ってくる事によって、それまでの日本人になかった 「 国民 」 という意識が芽生え、国を一つにまとめる事ができた。 だからこそ日清・日露などを戦い抜き、欧米の植民地にされる事なく日本は世界の列強と肩をならべるまでの近代国家に成長する事ができた。 その先に、太平洋戦争での悲惨な敗北がやって来る事になろうとも。 戦前の日本を否定する事は、明治維新以来の日本のあり方を否定する事にもなるだろう。

 私は 「 洗脳 」 などと言われるようなレベルで日本国民が 「 皇民化 」 などされていなかったという考えだが、しかし多くの国民が天皇陛下を敬愛し、陛下のためにと言って一丸とまとまり、天皇陛下万歳を叫んで戦場でたおれた兵士が多くいた事は事実であるし、 「 皇民化 」 の結果、先の戦争で日本国民にも多くの犠牲者を出したのは間違いない。

 しかし、だからと言って、その事をもって戦前の国家形態のすべてを否定しようとするのには無理がある。 国家の中心に天皇を持ってきた事が、日本人に 「 国民 」 という意識を根付かせ、それが、ごく短期間のうちに近代国家建設に成功する一因となった。 国民であるとの意識の高さから、武力で圧倒的に劣る日本が日露戦争で勝利したのであり、またアメリカとの戦争を戦う事ができたのである。 さらに、多くの国民が 「 皇民化 」 されていたからこそ、玉音放送によって混乱なく終戦となったのだろう。 天皇のかわりに別の一神教の神であったなれば、すんなり終戦とはならず、米軍占領下の日本各地でも、もっとはげしいゲリラやテロなどの戦闘が続いていたに違いない。

 当時の人々が信じていたもの、大事にしていたものが現代人の価値観にそぐわないとか理解できない、都合が悪いからと言って、そのすべてが悪かったかのように決めつけたり、歴史上に存在していた考えそのもものまで抹殺しようとするのは、歴史の軽視・否定でしかない。
 信じた上で覚悟して戦い、そしてたおれた兵士の英霊にたいして、 「心ならずも」 などと言うのは、彼らへの冒涜以外の何物でもない。





( 2013.05.06 )
細身の女性巡査
 … 連続わいせつ魔にひるまなかった理由

 久しぶりに胸が熱くなった。 産経新聞4月26日付夕刊( 大阪 )1面、 『 22歳女性巡査 市民守った 』 の記事だ。

 愛知県内の交番に勤務する女性巡査が夜、女性通行人の後ろを歩く不審な男を発見した。 男が視界から消え、女性の悲鳴が聞こえた。 巡査は男を取り押さえようとするが、顔を2発殴られた。 追いすがる。 再び2発殴られた。 転倒した。 鼻血がぼたぼた流れ、制服は血だらけになった。

 それでも巡査は立ち上がり、走った。 逃げる男の首に飛びついた。 「 警察だ! 待て! 」。 男は観念し、 「 もう逃げません 」。 警戒対象の連続わいせつ犯だった。

 巡査の鼻は折れていた。 155センチで細身の巡査に対しわいせつ犯は170センチ、70キロの23歳。 20キロ近い体重差で殴られたというのに、萎えない彼女の気迫はどこから出ているのだろう。 「 けがは警察官として未熟だったからです 」。 手術を終え、職場復帰した巡査には苦い経験があるという。

 配属されて間もなく、職務質問すべき少年に逃げられた。 数百メートル追ったが、引き返した。 どこかに 「 男の足には追いつけない 」 という思いがあった。 上司に見透かされていた。 「 女の足では無理と思ったのか。 それで市民を守れるのか 」。 女だから、と甘えていた。 心底、自分を恥じた。 ただならぬ気迫の源はここにあったのだ。

 

 こんなことがあった。 バブルのころ、東京の高級住宅に拳銃を持った男がお手伝いさんを人質に立てこもり、銃撃戦になった。 人質は射殺され、警官が撃たれた。 犯人は自ら喉を撃つ凄惨な事件だった。

 拳銃を人質に突き付けながら家を出て車で逃げようとする犯人に、警視庁は門の上などに刑事を配置。 陰から消火器を噴射して犯人をひるませ、取り押さえる急襲策を練った。 犯人が撃ってくる危険が強い。 ベテラン刑事の一人が 「 私にはできない。 家族がいるので 」 と拒否した。 弱気にのまれた刑事など、起用するわけにいかない。

 急襲策と並行し、警視庁は犯人に人質交換を申し入れた。 人質役を命じられた26歳の女性巡査長は 「 分かりました 」 と言った。 スカートの彼女に上司は 「 すぐにズボンを買ってこい 」。 彼女が戻ったのは1時間も経った後で、上司は 「 遅い! 」 と怒った。 彼女は 「 すみません 」 と言うのみ。

 実は買い物後、郷里に電話していた。 人質になったら殺されるだろう、親の声を聞けるのは最後 ─。 その思いが彼女を公衆電話に向かわせた。 遺言のつもりだった。

 現場に戻った彼女はその後4時間待ち続ける。 「 婦警をそちらに行かせる。 だから人質を解放してくれ 」 と同僚が電話で犯人を説得するのを聞きながら。 犯人は交換を許さず、結局、彼女の出番はなかった。

 「 片やいい年の男が 『 できない 』。 片や26歳の女が 『 撃たれる 』 という思いを押し殺し、じっと出番を待っている。 何をかいわんや、です 」 ( 当時を知る元刑事 )

 愛知の女性巡査は、 「目の前で同じ状況があれば、他の警官も同じ行動をとったはず。 私は当たり前のことをしただけです」。 低次元の不祥事が頻発する警察へ批判は多い。 が、その一方で全国の名もなき警察官が、愛知の女性巡査のように殴られたり、 かつての警視庁巡査長のように死の恐怖に迫られても愚痴ひとつこぼさず、手柄を自慢するわけでもなく、粛々と仕事している。 安全の陰にはそういう警察官がいる。 彼らの存在を私たちはもっと大切にし、敬意を払っていい。






あたか調
    中韓の日本批判に便乗の卑劣さ
    国悪を諱むは礼なり、と知れ


≪“記者道” に反する行為≫

 わが国の新聞報道や議論で、前から気になっている不愉快な一つの型がある。 それは、教科書問題、慰安婦問題、植民地統治や南京事件の謝罪から最近の靖国問題や歴史認識論に共通しているが、特に中韓両国がからむときにひどい。

 まず日本の記者が、日本の国内問題-例えば教科書問題-をいち早く中韓の当局者やジャーナリストに告げ口する。 そして彼らを挑発して、日本の批判や非難をさせる。 彼らのそうした日本批判に便乗し、それを日本政府の当局や当事者に突きつけて、それ見たことかと得意になるという筋書である。

 このやり口が卑劣なのは、最初に問題提起した記者は名を出さず、彼ら自身の意見も責任も問われぬことである。 これは、言論人として実に恥ずかしい態度で、昔なら卑怯者とさげすまれたであろう。

 報道に携わる記者の大切な仕事は、第1に問題の内容とそれをめぐる事情の正確な把握である。 第2にその問題に関するさまざまな異見の内容の比較考量である。 単なる賛否だけではない。 さらに一番重要なのは、その問題に自分自身の意見を立てることである。

 その種の記者は、そうした調査と考察に時間をかけて努力もせず、マイク片手に他人の意見を聞いてまわり、安直に日本をやっつける議論集めに奔走しているかのように見える。 それは“記者道”に反するであろう。

≪春秋左氏伝の教え知る≫

 たとえ駆け出しの若い記者がそんなやり方で原稿を書いても、それをたしなめ指導するのが年配の先輩記者やデスクでなければならないはずである。 しかし、同じようなやり方が反復してまかり通っているところを見ると、ベテランジャーナリストの指導力にもかげりがあるのであろう。

 いやしくも言論をもって立つ者は、まず名を名乗らねばならぬ。 なぜなら言論には責任を伴うからである。 殊に他人を批判糾弾するなら、自分の名や身分地位を明らかにして、いざとなれば責任をとる用意がいる。 さもないと、闇打ちで卑怯であろう。

 さらにこの手口の重大な問題点は、自国の批判を外国政府や外国人にやらせ、それに便乗する点にある。 有名な中国の古典の『 春秋左氏伝 』 の僖公元年の条に 「 国悪を諱(い)むは礼なり 」 という時々引用される言葉がある。 外国では、自国の悪口をつつしむのが礼にかなう、という意味である。 それは当然である。 自国や同胞のことは、良きにつけ悪しきにつけ、また程度の差こそあれ、自分にも関係と責任がある。 自分で処理すべきもので、他人の手を借りるのは恥である。

 それなのに、恰(あたか)も自分が中国人か朝鮮人になったような口調で得意気に自国批判をするのは、どうかしている。 もし外国人が日本に来て、そういうことをすれば、われわれはそんな外国人を尊敬するであろうか。

 その人々の誤りは二重である。 第1に自己の出世や利益のために自国政府や要人の悪口を他人の口から言わしめる利己心の卑しさであり、第2は外国や他人の力や影響力を自国の政争に利用して、国内での自分の立場を有利にしようとする打算と自信の無さである。





北朝鮮に魂を売り、
 日本人であることを忘れた人々

 今年の8月は北朝鮮一色。怒りと吐き気がこみ上げる、とんでもない毎日だった。
 NHKは北朝鮮関連のニュースを報道するのが嬉しくてたまらないらしく、8月20日頃から 「 ♪早く来い来い万景峰号~♪ 」 的放送を連日行い、8月25日に万景峰号が新潟に入港し、8月26日に出港するまで、トップニュースで放送し続けた。
 その構成も北朝鮮寄りで、万景峰号に乗り込んだ朝鮮人が勝ち誇って北朝鮮をたたえる歌を合唱する光景や、帰国する朝鮮人の言い分を中心にした日本人には我慢がならないものであった。
 そして、韓国ユニバーシアードの北朝鮮“女”応援団。
 北朝鮮が韓国に対する工作員として送りこんだのがミエミエの吐き気を催す“臭い女達”を、なぜ日本人が毎日のニュースで見なければならないのか。
 NHKは北朝鮮の対日工作員が支配する放送局、もしくは北朝鮮大好きの“キ印”放送局なのであろう。
 100名以上の日本人を拉致し、返そうとしない日本国民の敵 = 北朝鮮。
 NHKは日本国民の受信料で食っているくせに、北朝鮮の拉致による日本人への人権侵害とそれに対する日本国民の怒りを完全に無視した無神経な放送を繰り返しているのである。

 発狂しているのはNHKをはじめとするマスコミだけではない。 万景峰号の入港を許した日本政府もである。 中でも新潟県港湾管理局。
 新潟県港湾管理局は、日本人の埠頭立ち入りを120名に制限した。 そして、警察官が垣根を作っている埠頭までの200メートルを歩かせた。
 東京から来られた80歳の婦人をはじめ多くの方が埠頭に入れてもらえなかった。 炎天下で放置された。
 しかし、朝鮮人はバスに乗ってノーチェックで埠頭まで入っていった。 その数150を超えていた。
 港湾管理局は、日本人には、旗竿やゼッケンの所持を禁止した。 しかし、朝鮮人には、旗竿の所持を許し、彼らは朝鮮の国旗を旗竿に掲げて打ち振っていた。
 彼ら朝鮮総連の幹部とおぼしき一人は、救う会の西岡事務局長に、 「 殺すぞ 」 と脅してきた。 これは立派な犯罪である。 しかし、港湾管理者は、見てみぬ振りをした。
 従来、万景峰号では、船内パーティーが行われてきたが、新潟県港湾管理局や社民系労働組合や新潟の政財界などは、いつも招待されていた。
 官僚の頭では、朝鮮総連さんに、迎合しておけば、今まではそつなく揉め事もなく、仕事ができたのだろう。
 つまり、新潟の港湾業務は、日本人であることを忘れれば、うまく仕事ができたのである。
 日本人を拉致した北朝鮮からは、堂々とこのようなおぞましい船が日本に入ってきて、 「 人道 」 という名で、朝鮮の旅行者を自由に運んでいく。
 日本人の人道を無視し、朝鮮人にだけ 「 人道 」 があるとする独裁者からの船を入れる日本政府は、明らかに 「 おかしい 」。
 我々は、日本人であることを忘れ北朝鮮に手懐けられた連中を厳しく監視しなければならないのである。
( 平成15年9月1日 )





 ( )


 民主主義国家ではありえないとされる一部の特権階級によるオリガーキーが行われている国であり、本当の意味での国民の代表者が政治を行っていない。
 彼ら、すなわち、政治屋、官僚、ゾンビ企業、ヤクザらが、あなたが毎日一生懸命働いてつくりだした富を、手を替え品を替えて奪っているのである。
 これは、まさに国家による収奪である。

 なぜ、多くの日本国民が、いまだに自民党政治が、国民の財布からお金を巻き上げるだけの 「 泥棒政治 」( クレプトクラシー )であることに気がつかないのだろうか?
 この国では、国民一般の勤勉さ、真面目さに比べ、政治家や官僚など支配層の人々の卑しさは、あまりにも異常だ。
 彼らが一部の業界やヤクザと組んでこれまでやってきたのは、国民の税金を勝手に使って、
  「 車が通らない高速道路 」
  「 ただ水を貯めるだけに存在するダム 」
  「 野菜を運ぶためだけの地方空港 」
  「 誰も利用しない市町村ホール 」
  「 ただ官僚が天下るためだけに存在する豪華保養施設 」
 などをつくることだけではなかったか?
 そして、これらの公共工事と称する利権ビジネスで票とリベートをもらい、それで私腹を肥やし、この国を民主主義国家から特権階級が支配する国家に変えてしまったのである。
 その結果は途方もない借金の山である。
 公的債務は約800兆円と言われるが、これに年金や公団・公社などの準政府部門の隠れ債務を加えれば、その額はじつは2000兆 円という天文学的な借金説もある。
 その結果、日本の国債の格付けは、アフリカの小国ボツワナ以下になってしまった。
 それなのに、泥棒たちは、いまだに借金をやめようとしない。
 国債を発行しまくり、道路もダムもまだつくるといって、年金カットや増税策を推し進めている。
 それなのになぜ、あなたは怒らないのか?




反日亡国論

日本人絶滅を最終目標とする、左翼の異常な思想 である。

 反日亡国論とは、日本の新左翼の政治思想の一つ。 命名者は大森勝久( 北海道庁爆破事件の死刑囚 )である。
 従来、反日思想の根拠とされたのは、いわゆる 「 明治以降の日本帝国主義が為した悪行 」 であった。 「 反日亡国論 」 は、歴史をはるかに遡って、日本国の建国そのものを否定し、その国家と民族の絶滅を主張する反ユダヤ主義に匹敵する過激思想である。
 いわゆる 「 日本人 」 は、反日亡国論を全面的に受け入れて反日運動の闘士となることで、初めて 「 抑圧者・犯罪民族 」 という 「 原罪 」 から解放されるとする。





     

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